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TBWA HAKUHODO QUANTUM アクセラレーター事業責任者 井上裕太 ー挑戦者に聞く 第4回(前編) 

【対談】イノベーションの中心には常に人がいる

 TBWA HAKUHODO QUANTUM
アクセラレーター事業責任者 井上裕太
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株式会社イーソーコドットコム代表取締役 早﨑幸太郎

 

あらゆる業種・業界が成熟化しレッドオーシャン化するなか、従来型のビジネスで大きな成長を遂げることは困難になりつつある。新規事業開発による収益力の強化は喫緊の課題だが、その開発手法が従来通りのスローペース・目的不明瞭では効果は見込めない。

この課題に対するTBWA HAKUHODOの回答はシンプルだ。アイディアや先進性を持ったベンチャーと市場への影響力を持つ企業とを結び付け、事業開発手法そのものを革新することで高い価値を持ったモノ・コトを世に送り出す。

同社で新規事業を手がけるTBWA HAKUHODO QUANTUM(以下QUANTUM) のアクセラレーター事業責任者の井上裕太氏と、人材教育を通じて物流改革に取り組むイーソーコドットコムの早﨑幸太郎が、イノベーションについて、それを実現する人材について語った。

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【左】井上裕太:TBWA HAKUHODO QUANTUM アクセラレーター事業責任者

【右】早﨑幸太郎:株式会社イーソーコドットコム 代表取締役

【撮影場所】co-ba Re-SOHKO

 

クリエイターのアイディアを大企業のパワーで実現

早﨑:QUANTUMの成り立ちを教えて下さい。

井上TBWA HAKUHODOは2011年から、広告会社である強みを活かし、生活者視点からイノベーション創出支援のサービスを提供する事業を展開し始めていました。「ミライニホン」という水や電気というライフラインに依存しなくても暮らせる「オフグリッド・ハウス」をベンチャーや大企業のテクノロジーを活用して、オープンイノベーションでプロトタイプを開発し、CEATEC2011で発表していました。その後、TBWA HAKUHODOが大手企業とベンチャーの共創によるインキュベーション事業を準備している中、当時まだ私は社外にいたのですが、この取り組みに魅力を感じ、私からもアクセラレーターの成功要因の分析を踏まえて、「コーポレート・アクセラレーター」の提案をさせていただきました。その案が採用となり、一緒に事業をやりましょうということで、QUANTUMに2014年4月の立ち上げから参加することになりました。

日本の大企業は意思決定に時間がかかりますし、事業開発経験者も不足していて新規事業開発に苦しんでいます。一方でベンチャーにも、世間的なブランドがないなどの理由でやりたいことができないという苦しみがあります。これはお互いに補いあえるなと考えたことが、発想のきっかけです。

実際には、大企業とベンチャーが組む場合もありますし、大企業が我々と組むこともあります。もちろんベンチャーと我々が組んで事業開発する場合もあります。やり方は様々ですが、そこには「HCOI」というテーマがあります。これは「ヒューマンセンタードオープンイノベーション(Human Centered Open Innovation)」の略で、必ず中心に人々を置くことを原則とする考え方です。当たり前のようですが、実際は真ん中に上司がいたり販売計画があったりして、人々やユーザーが中心になっていない例がけっこうあるのです。

早﨑ユーザーを中心に置く、いわば顧客優先主義ということでしょうか。

井上必ずしもそうとは限りません。BtoBであれば相手の企業やそこで働く人々、BtoCであれば生活者やユーザーなどを真ん中に置いて事業を創っていく考え方です。しかし我々だけや大企業だけ、あるいはベンチャーだけでそれを形にしていくのは難しい状況になっています。それをオープンイノベーションという形で実現していこう、新しい事業開発の手法をどんどん生み出して、世の中に送り出していこうということです。

早﨑立ち上げからもうすぐ2年になりますが、ご自身で提案したプランがカタチになって、実際に成果をだしつつあります。これまでの手応えはいかがですか。

井上上手くいく、あるいは上手くいった事例には必要条件があることがわかってきました。ひとつはスピードです。稟議ごとに1ヶ月かかったりしているようでは事業は進みません。もうひとつがユーザーです。例えば大企業などでは、上司に受けやすいとか何か売りたいものがあるといった理由で新規事業を提案して失敗することがあります。別の理由があって新規事業を立ち上げたがゆえにユーザーを見ていない例はけっこう多くあるのです。手応えという意味でいえば、我々の事業パートナーに対してこの2つに目を向けてもらうことに関してはうまくいっているかと思います。

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数えてみたら、21か月で9つのプロジェクトが世の中に出ていました。そのうち7つが大企業や大学といった規模の大きな組織とのプロジェクトです。平均して3ヶ月に1個くらいローンチしている計算です。いずれも小さな規模で始めていますので、儲けや成長率など未知数の部分もありますが、世の中に送り出すこと自体が大切だと思います。しかも一度世に送り出すと自動的にユーザーからのフィードバックが来ます。これはどんなに内部で磨いていても得られないものです。

早﨑21か月で9つというのは従来では考えられないスピード感ですね。その裏には実際にカタチにならなかった多くのアイディアがあったのではないかと思いますが、たくさんのプランのなかからどれを採用するか、その決め手やルールはあるのですか。

井上我々が大事にしているのが、対象となる物事に対してパッションを持った人がいるかどうかです。立場に関わらず「自分はこれをカタチにした、実現したい」という思いがある人がいないと、プロジェクトは進みません。新規事業は他の部門で得た予算が投入されることが多いので、成果を出すまでの間は「設けたお金を使って何を遊んでいる」という目で見られかねません。そういう評価にさらされるなか、パッションがないと続かないと思います。そういう意味でも、パッションがあるかどうかは結構大事な要素です。

もうひとつがユーザーの存在です。言い換えれば、必要とする人の有無を掴める感覚があるかどうかです。端的にいえば「自分の母親のために作った」というくらい具体的なユーザー像が見えているかどうかです。これが「日本の20歳代の若者に向けてつくりました」では上手くいきません。

ですから、一番良いのは自分のために作るということなのです。最初は自分1人でいいのです。そのあと10人、100人と広まっていけば、世の中に広まっていく高い可能性を持っています。ですから、最初の1人がいるか、という点を重視しています。

 

オープンイノベーションはコミュニケーションから

早﨑QUANTUMのような事業モデルでは大企業を含め外部パートナーとのコミュニケーションが必要になりますし、意思の統一や仕様の策定なども自社内だけで完結させるより難しい部分があると思います。にもかかわらずそれだけ短い期間でひとつのプロジェクトをローンチまで持って行けるというのは、何か秘訣があるのでしょうか。

井上我々のメンバー16名は多様なメンバーがそろっていまして、プロジェクトマネジメントができるメンバーやエンジニア、それにデザイナーもいます。プロジェクトごとに参加する外部メンバーもいて、必要なときにはその都度エキスパートを呼んだりします。例えプロトタイプであっても自分たちで作り上げることができる。これがスピードの秘訣です。

それとおっしゃる通り、オープンイノベーションですのでコミュニケーションも重要です。我々のなかでマネジメントにあたるのは、広告畑のスタッフか、コンサルタント出身やブランドマネージャーの経験を持つなどの外部出身スタッフです。例えば広告会社にはあらゆる業種の人間がいますが、これが集まるとみんな違った考え方をするのです。映像作家は“商品が輝く”映像を撮ることを中心に考えますし、コピーライターは“商品の売りを一言”で伝えるために言葉の精度に集中にします。個々の専門知識やスキルを集結して、モノを売ることができるのが彼らの仕事です。一方のコンサルタントやブランドマネージャーの出身者は、上流工程であるビジネスモデルを創っていくことに長けています。

このようなふたつの異なる能力をうまく組み合わせていくことで事業も進み、メンバーのマネジメントも実現できていくと思います。やっているうちに、事業の構築もわかってメンバーのマネジメントもできる人材として成長してきます。

早﨑確かに合理的ですが、持っていなかったスキルを獲得し、さらにお互いにこれを伸ばし合うというのは大変なのではないでしょうか。

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井上実は最近やっとそうなってきたところで、最初の頃はカオスです。時間の使い方にしてもまちまちで、例えばデザイナーは3日くらい時間を取ってじっくり案を練りたい。でも営業やマネジメントをしている側はテンポよく進めていきたい。そんな事例が最初のころは山ほどあって、非効率な部分が多かったと思います。今はお互いがお互いの立場や思考法を理解しつつあります。多様なメンバーの存在が、物事が早く正確に進むことにようやく寄与してきたというところでしょうか。

早﨑物流業界でも、倉庫業界と運送業界では全然考え方が違っています。倉庫業はかつて銀行のような機能があって、そのため歴史が長くてプライドもある地元の名士みたいな人が多くいます。一方の運送業は、夫がドライバーで妻が経理という世界です。我々はそのなかでも物流と不動産を組み合わせた物流不動産ビジネスという事業に取り組んでいるのですが、物流と不動産も大きく違うのです。

物流は減点主義で、積極的な仕事はミスにつながるので自分からは動かなくなっていきます。結果として何も仕事をしない人の方が評価が高くなるのです。新しい仕事を受けて誤出荷したり品物を破損したりするよりは、これまで通りの仕事を淡々と続けていく。かなり以前ですが、松下電工創業者の松下幸之助さんが、自分の荷物を出そうと5時以降に倉庫に行ったところ断られたというエピソードがあります。当時は仕事をしっかり守っている倉庫として評価された話なのですが、今は24時間物流が動いていますからこうはいきません。いずれにしても、顧客の利益になることであっても決められたこと以外はやってはいけないというのが物流のルールだったのです。

井上なるほど。ユーザーではなく企業の都合で動いていたのですね。

早﨑イーソーコグループで進めている物流不動産ビジネスは顧客優先主義です。倉庫と運送、不動産という全く異なる業種のミックスですから、例えば倉庫会社の中で取り組んでもらおうとしても、評価やインセンティブなど文化の違いが表面化して上手くいかないのです。そこでまずイーソーコと合弁で会社を作ってもらい、そこに「物流ユーティリティープレイヤー」と名付けた専門スタッフを送り込んで実務の先頭に立たせます。この「物流ユーティリティープレイヤー」が新しく立ち上げた合弁会社をけん引していくことで、母体となった会社にも新風が巻き起こればと考えています。

井上貴社の大谷巌一会長の話にはいつも共感するところが多いのですが、我々も「イノベーションのための“出島”をつくろう」ということを常にいっています。大企業や歴史のある企業は意思決定に慎重になりますが、これまで築き上げたブランドを毀損せずにやっていこうと思えば、やはり減点を出さないやり方が重んじられていきます。それもひとつの合理性ではあるのですが、そのなかで新規事業を立ち上げるのはすごく大変なのです。しかし出島をつくってしまえばこれまでのルールの例外になるので、意外とスムーズに進みます。そこでは意思決定のプロセスも違うしKPIの管理の仕方も違うし、人材の育成の仕方も違います。実は我々も、大企業との合弁会社をつくる準備を進めているところなのです。

早﨑QUANTUMも外部スタッフを入れると大人数になりますし、TBWA HAKUHODOは大企業の合弁で生まれた会社です。仕事の進め方やルール、意思の疎通などでお互いに行き違いがでることはないのですか。

井上幸運なのは、TBWA HAKUHODOが他にない面白いことをどんどんやっていこうという会社だということです。例えば「ディスラプション」という「創造的破壊」を意味する言葉があるのですが、これを最初に使い始めたのはTBWAワールドワイドです。ロサンゼルスのオフィスには海賊旗が掲げられていたりする自由な社風です。博報堂も大きくて伝統もある会社ですが、生活者発想で新しいことをやっていこうというカルチャーがあって、急に新会社を立ち上げたりするチャレンジ精神があります。そういう血が混じった合弁会社なのでQUANTUMにも理解があって、むしろ「新しいことをやっているのか、がんばれ」という暖かい視線を感じます。

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(後編へ続く)

 

▼対談の様子(動画:46秒)

 

対談日:2015年12月21日
*この記事は2016年3月21日に掲載されました。TBWA HAKUHODO QUANTUMは、2016年4月1日付けで株式会社QUANTUMとして設立されました。