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物流、物流不動産、倉庫を網羅した
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ある倉庫の役割 

倉庫の役割といえば第一に荷物の保管が思い浮かぶが、別の用途を想定して建てられた倉庫もなくはない。あくまで例外的なものではあるが、今回はそんな倉庫の話を。

話は昭和13年、三菱重工長崎造船所で起工された1隻の巨大戦艦からはじまる。のちに「武蔵」と名付けられることになるこの巨艦は、当時存在そのものが極秘であった戦艦大和の同型艦であり、当然ながらその建造は厳しい秘密保持のなかすすめられた。設計図はすべて部分別に保管され容易に全体を見ることができなかったとか、建造責任者であっても通行証を忘れた日は造船所に入れなかったなどという逸話が残っている。

しかし武蔵は完成すれば260mを超える巨艦。建造が進むにつれて大きさを増していく船体はどうしても人目につく。工員の口はふさげても、造船所の対岸にひろがる長崎の町に住む人々の目をふさぐことは不可能だ。そこで考え出されたのが物理的な目隠し。船体を棕櫚(しゅろ)でつくったムシロで覆ってしまおうという一見荒唐無稽な案が採用され、実行に移される。クレーンの支柱や仮設足場に張り渡されたロープにムシロを吊り下げ、造船所全体を覆ってしまったのだ。膨大な量のムシロをつくるために必要な棕櫚は極秘で全国から買い集められたが、棕櫚は漁網などの原材料として欠かせない素材であり、市場は混乱。結果、悪質な買い占め事件として警察が捜査に乗り出す事態になったという。

逮捕者がでたか否かは不明だが、そうまでして設置した覆いも実は効果のほどは疑わしい。ムシロが薄かったため夜間作業のライトや溶接の光で船体のシルエットが浮かび上がることがあり、そもそも覆い自体が巨大なため大きな軍艦を建造しているくらいの見当は長崎市民にもついたようだ。人々は厳重な警戒と突如あらわれたムシロの覆いを見て、建造中の軍艦を「お化け」などと呼んで噂しあったといわれている。

さてありとあらゆる秘密保持の手を打ってきた当局にも頭の痛い問題があった。造船所を見渡せる海岸通り沿いに領事館が2館、ならんで建っているのである。それも仮想敵であるアメリカとその同盟国イギリスの。そこで当局が採用したのが「領事館の前に倉庫を建てる」という案。ここに前代未聞、目隠しを目的とした木造2階建ての「長崎市営常盤町倉庫」が誕生するのである。もちろん倉庫のない場所に行けば造船所は見えるのだから、これもいやがらせ以上の効果を上げたとは思えない。それでも副次的あるいは欺瞞用の目的である物品保管機能は持っており、実際の倉庫としても使用されていたようだ。戦後も「目隠し倉庫」などと呼ばれながら使われ続け、一種の名物建築として知られていたという。

この目障りもとい目隠しを目的として建てられた倉庫が取り壊されたのは昭和37年。武蔵がフィリピンのシブヤン海に沈んでから18年後のことである。

 

久保純一 2017.02.05