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田中敦・関西学院大教授に聞く▼アベノミクスの行方 デフレ脱却への道 のるかそるか 

2013年10月19日

【輸送経済(http://www.yuso.co.jp/)】
 1日、安部政権は来年4月からの消費増税を閣議決定。同時に、5兆円分(消費税2%分)の経済対策を行うことも決めた。金融論が専門で金融政策の効果波及メカニズムに詳しい田中敦関西学院大教授は「アベノミクスはタイミングがよかっただけ」と話す。〝バブル景気〟に警鐘を鳴らし、「根本治療が必要」と説く。日銀の金融政策の意味、消費増税の影響、本当に日本経済は立ち直るのかを聞いた。
 ――そもそもデフレの原因は何か。
 田中 (1)日本経済の構造問題(2)需要の減少(3)工場の海外移転――の3つが考えられる。
――構造問題とは。
 田中 例えば近所に新しく巨大ショッピングモールが開店して、見に行ったらほとんどが若者向けの店舗である場合。人口構成を考えれば、高齢者向けの店舗がもっとあってもいい。
 ――ということは。
 田中 企業が消費者のニーズに十分に応え切れていないことになる。このように、企業の供給体制に不備があることが構造問題の一つ。
 ――工場の海外移転はどうして起きた。
 田中 日本企業が技術革新やコストダウンにより一生懸命に効率化し、良い物を安くつくり、海外に輸出し、輸出が増えると輸出代金のドルを受け取り、それを円に換える。
 ――ドル売り円買いの連続で円高に。
 田中 円高で利益が圧迫されるなら、高い技術を海外の工場で使った方がいい、ということになる。輸出産業も楽ではなく、血のにじむような努力の結果、そうなったわけだが。
 ――日銀の「量的」金融緩和をどう見る。
 田中 私は懐疑的だ。学会でも大きく意見が分かれている。
 ――なぜか。
 田中 普通は市中銀行(民間銀行のこと。中央銀行の日銀に対する呼び名)に資金を供給すると金利は下がるが、いまゼロ金利政策が続き、金利は下がらない。銀行に資金がたまり、銀行が企業に資金を貸すようになると、これまで資金を借りられなかった企業が借りられるようになる。
 ――企業にとってうれしい話に聞こえるが。
 田中 ただ、利子率がポイント。「貸してもいいが、利子を高くします」では借り手がいない。実際、平成13年からの小泉改革における量的金融緩和では、銀行が保有する資産は増えたが、企業に貸し出される資金はあまり増えなかった。
 ――「質的」金融緩和の方は。
 田中 REIT(不動産投資信託)とETF(上場投資信託)があり、前者は不動産業者に資金を供給すること、後者は間接的に株式を買っていることになる。いわば日銀自体が投資家になって日本経済全体に投資しているようなもの。
 ――昨年末からの株高は、その結果なのか。
 田中 アベノミクスのタイミングが良かっただけ、と見る向きも。もともと昨年の夏から「平成25年は景気が良くなる」といわれていた。
――理由は。
 田中 リーマン・ショックや東日本大震災の影響が一巡。また昨年は中国経済の減速と尖閣問題で日本企業が打撃を受けたが、今後中国との経済関係は回復してくる。だから、アベノミクスの前から景気が上向くことは分かっていた。安倍首相はいいタイミングで政権を取った。
 ――では、日銀の政策の意味は。
 田中 日銀のやったことは「予想インフレ率を上げる」ことに尽きる。予想は〝自己実現的〟でもある。
 ――どういうことか。
 田中 とっぴな例だが、世界の一定数以上の人が「世界平和が実現する」と信じれば、各国政府は軍事費に金を費やすことを国民に説得できなくなり、軍隊が消滅し、実際に世界平和が実現するかもしれない。同じように、誰もがインフレになると信じれば実際にインフレになる場合があるということだ。
 ――具体的な波及経路は。
 田中 予想される実質的な金利が下がるから→設備投資が盛んになり→需要が増え→生産が増え→失業率が下がり→賃金が上がる――という好循環が生まれる。それが日銀のシナリオだ。
 ――経過は。
 田中 インフレ予想をつくることはできたが、明確な予想ではない。状況の変化に影響を受けやすく、株価が不安定になっている。
 ――つまり、いまの景気はバブルだと。
 田中 その恐れがある。「バブル(泡)」という表現は、表面だけがあって中身がからっぽというところから来ている。そこで、「中身がないならつくればいい」という声もある。
 ――どうやってつくる。
 田中 アベノミクスの「第3の矢」つまり成長戦略がその中身に当たる。6月に発表されたものは具体性に欠け、失望を誘ったが、今後の政策次第では効果が出る可能性も。
 ――このまま景気回復は続くのか。
 田中 バブル崩壊後の「失われた20年」といわれる日本経済の低成長は、よく病気に例えられる。何かのウイルスに感染して病気にかかり、熱が出て体が弱ってさらにウイルスが増殖する。この時、解熱剤で熱を抑え体力の消耗を防ぐのが一般的な医療行為だが、解熱をすれば病気が治るかは分からない。
 ――金融政策は経済を建て直すか分からない「解熱」に当たると。
 田中 そう。金融政策をカンフル剤に例えることもできる。病気の人にカンフル剤を打ち体力を付けることはできても、根本原因は消えない。体力のあるうちに根本治療を施さないと。
 ――根本治療とは。
 田中 一般に「構造改革」と呼ばれるもので、アベノミクスでいう成長戦略。簡単にいえば、規制緩和をして企業が自由に動けるようになり成長するという道筋。
 ――規制緩和ではトラックのように弊害が出る業界も。
 田中 確かに、規制緩和はどうしても個別の産業の話になる。複雑な利害関係が絡み、安全性の確保の問題もあるから難しい。しかも、成長戦略は短期的には効果が出ず、中長期的な効果しかない。
 ――消費増税が景気に与える影響を気にする声もある。
 田中 どんなものであれ増税は、景気には必ずマイナス。しかし、増税をせずに政府支出を削減するならば、景気への悪影響はさらに大きい。両方やらずに財政赤字を放置すれば、財政の持続可能性が揺らぐ。消費税は上げざるを得ない。
 ――政府も全員に良い顔はできないし、国民もどこかで身を切るしかない。
 田中 そういうこと。政府は国民のものであり、財政は国民が金を出し合い、みんなのために使おうということ。汚職や利権の問題は二義的なことであって、基本は国民のお金をどう運用するかを国民全体で考えることだ。
記者席 あふれる好奇心
 ユーモアたっぷりの語り口は明快で爽やか。常に具体例を挙げ、丁寧に説明してくれる。
 パソコンが好きで、昭和60年に当時50万円もしたNECの製品を購入した。サーバー(通信ネットワーク上でパソコンからの要求に応じ、機能やサービスを提供するコンピューター)を自ら組み立てホームページを作成。最近10年物のサーバーが壊れ、買い直した。スマートフォン(高機能携帯電話)は「iPhone」を使いこなす。
 海外ドラマ「スタートレック」のファンで、研究室には宇宙船「エンタープライズ号」のフィギュアを置く。「人間ドラマ。異星人やアンドロイドが出てくるからこそ、人間性について深く知れことができる」
 ことしの大人気ドラマ「半沢直樹」のチェックも欠かさなかった。好奇心旺盛。丸4時間、休憩なしでお話を伺った。教育現場で日々学生たちと向き合っている、底なしのエネルギーを体感した。
     
(略歴) 田中 敦氏(たなか・あつし) 昭和35年7月28日生まれ、53歳。兵庫県出身。61年関西学院大大学院経済学博士前期課程修了、平成7年ノース・カロライナ大学で博士号取得。平成6年関西学院大経済学部助教授、12年教授。神戸市消費生活会議委員。著書に『日本の金融政策―レジームシフトの計量手法―』(有斐閣)、共著に『金融システム論』(有斐閣コンパクト)、ほか論文多数。(頼藤 龍)